最近、近所の大学図書館を近隣住民も利用できると知り、よく行っています。区立図書館より近いし広いしきれいだし充実しています。近所に大学がある方は調べてみてはいかがでしょうか。自分のところは、自然科学が少ないのが難点ですが、文学はかなり揃っています。自分の大学もこんな品揃えだったらもっと利用しただろうに。
2013年6月17日月曜日
2013年5月26日日曜日
終わったかと思ってた「シュガーマン」がまだやってた!ので速攻で自転車漕いでみてきました。いやーほんとに良いですよ!これは。こんなに美しい話があったなんて。5月31日まで見れますのでゼッタイ観てくれよなッ!
...とはいえ誰も観ないと思うので、多少のネタバレを恐れずに感想をいいますと、美しいと思ったのは、彼の復活劇ではなく彼の生き方そのものなんですね。再び評価されたとき、彼が言ったのは、「やったぜ!これが本当の俺なんだ」ではなくて「自分は人生を二度生きた」だそうです。音楽で生きていくことをやめてから、家の解体や廃屋の掃除などをして生活していたのですが、三人の娘には「貧しくても魂は美しく」と教え、図書館や美術館によく連れて行ってくれたそうです。脚光を浴びることになっても普段の生活を変えず、得た収益のほとんどは家族や貧しい人に贈ったといいます。彼は大学のときに哲学を学んでいたそうで、彼の生き方や、彼の素晴らしい詩には彼が哲学から学んだことが現れているのではないか、とも思いました。
大学のときに哲学の授業で、「哲学は他の学問と違って何かの役に立つ訳ではない。けれども哲学を学んだ人は人生を誤らない」というようなことを言われたことを思い出しました。
2013年5月5日日曜日
東大も農大も行ってきたところですが、そもそもきっかけだったのはこの本だったんですね。昔奥本大三郎訳のファーブル昆虫記を買ってもらって読んでたのですが、そこに出てくる絵とか、理科の教科書とかに載ってる標本の絵って細かくてきれいだなーって思ったことはないでしょうか。この方はまさにそういう絵を描いていて、どうやって描くんだろうと不思議に思っている人にはまさに当てはまる本になっています。
生き物の描き方とありますが、描画に関するテクニカルな話はメインではありません。大半は、描く対象となる生き物にどう対峙するのか、ということが本人の経験をもとに描かれています。例えば、なんでこれをスケッチするのか、多分記録する必要がある特徴なり特異な点があるからこそなのですが、それがわかってないといけないし、また、どうやってスケッチするのか、足はどこから何本生えているの?とかいうことがわかってないと、あのような、きれいで明晰な形にはならないのだと思います。
体の構造をわかってないと、とりあえず見たままに描こうとしてしまいますが、それでは曖昧な絵になってしまうのだと思います。自分も蝶を描いたことがありますが、汚くなってしまうんですね。そのまま描くのとは違うんだ、というようなことをご本人も「ウソをつけ」という言葉で述べていますが、自分はそういうことなのだと思いました。
あと、絵とは関係ないのですが、昆虫の体の構造についてとても面白いことが書いてあって、参考文献を見ると『昆虫の誕生』という本に詳しく書いてあるらしいので、そちらもぜひ読んでみたいと思いました。
東京大学総合研究博物館にいってきました。盛口さんの本に感化されて生き物を描きたいなと思ったのと、東京大学に膨大な剥製のコレクションがあるらしいとの話を聞きつけてというのがきっかけです。
実際には、現在企画展示されているのは人骨と古生物の化石とニュージーランドの民族の槍の展示のみで、剥製はありませんでした(ものすごい大きな馬の剥製は一頭ありました。)。確かに事前に調べたところでは、コレクションがあるとは描いてなかったのですが、もしかしたら常設展示とかでないのかなーと期待していたんですが、あてが外れてしまいましたね。ただ、古生物の研究の歴史の深さには興味深いところがありました。古生物の研究が始まった頃ってどんな風に発掘とか分析とかやってたんだろうな、と想像が膨らみます。
東京大学のコレクションが見れるところは3カ所ありまして、この本郷の博物館の他に小石川植物園内に分館があり、今年3月にはJPタワーにも新たに展示スペースが開かれたようで、そちらもぜひ行ってみたいです。調べてるうちに骨格とか剥製が見たかったら小石川分館に行くべきだったんじゃないの?と思い始めました。ところが今は休館中らしいのですね。
2013年5月4日土曜日
にわとりの剥製のコレクションがたくさんあるとのことで、自転車を漕いで東京農大の食と農の博物館に行ってきました。やっぱり先日の東大もそうでしたが、展示しているというよりおいてあるっていう感じですね。通りかかった人が見るっていう。無料とはそういうものかもしれません。でも珍しい標本がたくさんあってとても興味深かったです。
そのあとついでに向かいの馬事公苑にいってみたんですが、ああこっちがメインなんだなと思いました。ちょうど連休中はイベントをやっていて乗馬の競技とか見れたそうなんですが、あいにく終わった後だったんですが、夕方の祭りのあとの雰囲気がそれはそれで良いなって思いました。
スキーに行ったときも思ったのですが、やっぱ好きな人っていうのがいて、ちっちゃい子から大人まで馬に乗る人たちがいて、そのひとたち向けに乗馬グッズの露店がいっぱい立ってたり、馬の世話する人たちがいて、こういうコミュニティが存在するんだなーというのが見れて面白かったですね。
そのあとついでに向かいの馬事公苑にいってみたんですが、ああこっちがメインなんだなと思いました。ちょうど連休中はイベントをやっていて乗馬の競技とか見れたそうなんですが、あいにく終わった後だったんですが、夕方の祭りのあとの雰囲気がそれはそれで良いなって思いました。
スキーに行ったときも思ったのですが、やっぱ好きな人っていうのがいて、ちっちゃい子から大人まで馬に乗る人たちがいて、そのひとたち向けに乗馬グッズの露店がいっぱい立ってたり、馬の世話する人たちがいて、こういうコミュニティが存在するんだなーというのが見れて面白かったですね。
2013年5月3日金曜日
ベーコンの展覧会に行きました。ぐにゃぐにゃの顔は奇妙ですがなぜかいいなって思うんですね。それがなぜかわかないのですが実際に対面してもやはり良くわかりませんでした。おそらく顔とか何を書いているのかということとは別だと思うんですね。
17歳のときに道に犬のうんこが落ちていて、それを見たとき「これが人生だ!」と思ったらしいですが、すごいなーと思いました。自分は高2のときにそんなことは考えていませんでした。高2の時はまんがを書いてにやにやしてたくらいで、人生についても大学はどこにしようかというくらいで、その先は何も考えてなかったと思います。だから道ばたの犬のうんこだったとしても、人生について何かを見いだすことができた(見いだそうとした)ということに、素直にすごいなと思いました。
2013年4月24日水曜日
8Kのテレビを見る機会がありました。100インチくらいあるでっかいモニターだったんですが、引きの映像でも人の顔がはっきりと見分けられてすごいなーと思いました。もし8Kの時代になったら、それは単に映像が大きくなるということではなく画角が広がるということなのかもしれません。上下左右に大きく余白をとって、そのスペースでネットを見たりビデオチャットしたりできるというのも一つの活用方法になるかと思います。
ただ、少し疑問に思うのは、もしそういうことが可能となった場合に、映像の送り手はどうやって対象を捉えていくのかということです。大きい画面で見ている人と小さい画面で見ている人に同じ映像を送るのは、適当ではありません。幾ら8Kであっても小さい画面で引きの映像を見せられてはよくわからないし、逆に大画面で人の顔のアップを見せられると画面が持たないと思います。
では、画面の大きさに寄って映像をかえるということが、今までの放送で考慮されてきたかというとされてこなかったですし、今の8Kの議論の中でも検討されていないと思います。ただ、今は4インチから80インチの幅でものを見ています。ウェブや電子書籍では、既にデバイスによって適切な見せ方をすることは行われています。
もし画面サイズに応じた映像を実現するとした場合、それを放送でやるのは困難です。画面サイズの数だけチャンネルを用意する必要があるんですが、そんな伝送容量の余裕はないでしょう。伝送容量を無駄にせずやる方としては、例えば画面サイズごとに切り取る画角の情報をタグとして放送波に混ぜ込んで一緒に送るとかでしょうか。
2013年3月20日水曜日
キャパとゲルダ・タローの展示を見てきました。自分は歴史が全然だめなので、わかってないところもありましたが、それでもいいなって思う写真もいくつかありました。絵はがきのはパリ解放のときの写真で、これでもかってくらいに人が集まっていますね。それほどうれしかったのでしょう。ただ、このすぐ後にドイツ人の残党か何某かが銃を発砲して、その場が一気に凍りつきますがカメラはその瞬間もしっかり記録していました。
キャパというのが藤子不二雄よろしく二人の共通の名前だったということも初めて知りました。しかしやはり写真というのは録っている人の視点というものをしっかり写し出すようで、二人の写真は、同じ被写体を写したとしても、やはりこちらにとっても異なる人が録ったとわかるくらいに見え方の違うものでした。
その上で思ったのは、撮る側の意図をしっかり写し出してしまうというのは報道写真にとっては致命的でもあって、軍人と少女が手をつないでいる場面は微笑ましく見え、がれきの中で裸足で立ち尽くす女性は悲劇的であるっていうのは見る人をいい気持ちにさせるカタルシス効果みたいなことがあって、そういうのがいい写真って思われるのは報道写真としてどうなんでしょうね。
2013年3月14日木曜日
2013年1月19日土曜日
ニコンスモールワールドというコンペティションがあります。肉眼で見ることのできない小さな世界には、私達の知らない不思議な形や動きがあって、その美しさを競う競技です。面白くて製品のすばらしさもわかるという、よく考えられた企画ですよね。
写真はショウジョウバエのさなぎの目(網膜や視神経の部分)だそうです。
2013年1月12日土曜日
2013年1月3日木曜日
みなさんはデスクトップの画像は何を貼っているでしょうか?「宇宙」でしょうか。自分は、「アート」にはじめから入っているホッパーの「nighthawks」を貼っています。北斎とかモネとかと並んで、なんでホッパー何だろうと思いますが、非常にいい趣味です。
いつか本物を観たいと思っていたんですが、なかなかホッパーの企画がなく忘れていたところ、現在会期中のメトロポリタン美術館展の中でホッパーの灯台の絵が展示されるということで、去年の暮れにいってきました。
ひとりで観に行ったんですが「灯台」は本当にすばらしく、ちょうど正面にいすがあったのでそこに腰掛けてしばらく眺めていました。冬の日の短い午後の灯台の景色を描いたものなんですが、日が暮れるまでじっとこの景色を眺めていたいと思いました。ホッパーの他の絵でも同じように感じるのですが、彼の絵は、特別なものを描いてることは全然なくありのままなんですが、それ故になぜ彼がこの景色をすばらしいと思ったのかがとても良くわかるのです。
いつか本物を観たいと思っていたんですが、なかなかホッパーの企画がなく忘れていたところ、現在会期中のメトロポリタン美術館展の中でホッパーの灯台の絵が展示されるということで、去年の暮れにいってきました。
ひとりで観に行ったんですが「灯台」は本当にすばらしく、ちょうど正面にいすがあったのでそこに腰掛けてしばらく眺めていました。冬の日の短い午後の灯台の景色を描いたものなんですが、日が暮れるまでじっとこの景色を眺めていたいと思いました。ホッパーの他の絵でも同じように感じるのですが、彼の絵は、特別なものを描いてることは全然なくありのままなんですが、それ故になぜ彼がこの景色をすばらしいと思ったのかがとても良くわかるのです。
2012年12月22日土曜日
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